マライア・キャリー
 1998.1.11(Sun.) 東京ドーム
 am/pm presents
 MARIAH CAREY BUTTERFLY TOUR
 supported by MEIJI


大してファンでもない私がこんなに前で見ていいのだろうか、と思うほどの 席でした。アリーナA-14-40番。実に、前から4列目でございました。

さてわたくし、マライア・キャリーと言っても、こんなことしか知りません。

  • どこかのお金持ちと結婚してたけど離婚した。
  • 「世界の歌姫」とか呼ばれている。
  • 7オクターブも声が出るらしい。

    そう、曲は、全く知らないんですよ。そんなやつが前で見るなよ、って、ファンの 人ごめんなさい。その通りでございます。

    東京ドームみたいに大きいところでやるからには、どのようにステージを見せるのか ということが私の最大の関心事。まぁ、ただ単に「客入れ」として大きいところを 選んだんだろうな、って気もしてたんですが。
    ステージをぐるりと見回してみると、大がかりな仕掛けは一切なし。ステージは コンパクトにまとめられていて、左右に張り出してもいない。照明が多いわけでも なく、これといって何もない。日本人アーティストのライヴばかり見ている私に してみれば、そのステージの作りは質素に見えてしょうがなかった。

    とはいえ、日本人のステージが派手過ぎるだけであって、外国人は演出よりも 演奏、歌声の方に力を入れるとも聞いているから、ステージの作りはどうでも いいのかもしれないけど。

    開演時間を10分ちょい遅れて、やっと会場が暗くなった。が、暗くなっただけで、 何も始まらない。しばらく待たされた。場内も、あまりに始まるのが遅いためか、 ざわついている。しょうがないなー(^^;)と思いつつ、座ったまま待つ。

    一曲目から知らん(^^;)。でもたぶん、" EMOTIONS"だったのでしょう。
    初めて見たマライア・キャリーは、というか、彼女に大してそれまで「かわいらしい 」とか「きれい」とか、はたまた「カッコいい」などとは全然思っていなくて、 どちらかといえば、ここで初めて見たのが第一印象。という感じでした。
    んでもって、彼女の第一印象は、

    「デ、デカイ(OoO)。」

    なんつーんでしょう、あれがいわゆる「アメリカ人」なんでしょうか。 ガタイがいいです。肩幅広いです。背高くみえます。横にも広くみえます。 オープニングからヘソ出し、チューブトップにピタパンツという姿で登場 した彼女、さしずめ「ダイナマイトバディな私」というところを見せたかったの かもしれませんが、ダイナマイト…うーん、ダイナマイトというか、もう、 爆弾状態かも(^^;;)。胸があるというより前に、あのデカいお尻は…。

    そうですね、衣装替えは全部で6回だったような気がします。つまり7着、 違う衣装だったと(違うかな?)。ボディラインを強調するものが多かったです。

    肝心の曲なんですが、私が全然知らなかったせいか、とてもおとなしく聞けました。 というかね、お客さん、みんな座って見てました。新聞で「観客総立ち」とか 書いてあったけど、え〜?そんなことあったぁ?という感じです。立ったのは、 アンコールでのクリスマスの歌(おいおい、それくらい覚えとけよ〜)の時 くらいですよ。あとは皆、座ってたんだけどなぁ。新聞報道は大げさすぎよ。

    で、曲なんですが、数少ない。公式発表では何曲になってるのか知りませんけど、 マライア本人が歌う歌は少ないような気がしました。というのも、2、3曲 歌ったら休み、歌ったら休み、の連続だったんですね。と書いたら、「そんなの 日本人と変わらないじゃん!」って言われるかもしれませんが、違うのです。 何がかというと、バックのコーラスのおねえさん方、ダンサーの男の人たち、 そしてゲストボーカルの男の人(名前など知る由もなし)、が、入れ替わり 立ち替わり歌うのですよ。それがすごく長く感じてしまって、「マライアが 歌ってるよ〜!」というのは感じにくかったです。ちょこちょことインターバル が入る感じ、かな。マライアを見に来た人にしてみれば、アンタ誰?っていう 気持ちは絶対あったと思います。あれが「アメリカン・エンターテインメント」 っていう事も、ないと思うな私は。

    歌声にも触れておかねばならないでしょうか。前述したように、「7オクターブの 声を持つ彼女」というのは知っていて、「じゃあ、本当にそうなの?」っていうのが 私の視点でした。で、…

    高い声を、出せばいいってもんじゃないですよね。高い「声」は本当に「歌声」 なのか、コーラスにかぶる「音」なのか、多分、世間的に言われているのは 前者だと思うんですね。でも私は、後者だと思いました。歌詞を「歌う」過程で の「高い声」ではなくて、歌詞の端からコーラスとして聞かせる「音」、彼女の 「高い声」は、そういう風に、私には聞こえました。
    勿論、その声が「出る」事はすごいと思うし、少しうらやましくもあります。 でも、きちんと歌えないなら、その声を出す必要はないんじゃないでしょうか。 10日以上も日本にいるのに、公演は中2日ずつ空けての合計4回、この スケジュールの組み方が、「高い声」の理由を教えているような気がします。

    外タレ、世界で評判の歌声、それをあまりいいと感じられなかった私は、 ひねくれているのでしょうか。一個人の評価なんてそんなもん、と言われれば それまでですが、でも、初めてみたものでも、素晴しいと感じるものはあるわけで…。 特に、新聞報道がいかに大げさであるかというのはよくわかりましたね。


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